Les rencontres de Mayuko!(まゆこがいく!)

田根剛

2018-10-25 · 第562回のエピソードを聴く

poster tane

田根剛さんのお名前は、新国立競技場の『古墳スタジアム』案や、和菓子の老舗「とらやパリ店」をつくった若手建築家、ということで耳にしていました。実際に作品を見たのは2016年、東京都立美術館『ポンピドゥー・センター傑作展』で、「1年1作家1作品」がコンセプトの多様なアート作品を、連続的かつ非連続的に20世紀をみせていくトリコロールの会場。建築家の考えに興味を持つきっかけになりました。
インタビュー中、言葉を選びながら静かに語る田根さんは、現場を指揮する建築家というよりも、哲学者のようだったり、考古学者、時間の旅人とお話ししているような印象でした。「単純にデザインして、おもしろい建物をつくっているのではない」建築家・田根さんの頭のなかを体感したいかたに、『田根剛・未来の記憶』展を強くお勧めします。

田根さんが他のパートナーたちと一緒に最初の事務所をパリに構えたとき、パリを選んだというよりは渋々、むしろ嫌々という感じだったそうですが、どういう経緯でそういうことになったのでしょうか?

20歳過ぎから日本を出て、最初はスウェーデン、デンマーク、と北欧にけっこう長くいました。20代の前半を北欧で暮らしたあとにロンドンへ移って、そこで仲良くなった元パートナーと「一緒にコンペをやろう」とチャレンジしたのが、エストニアのナショナルミュージアムのコンペだったんです。幸いにも、いきなりそのコンペで勝って一等に選ばれて、3人で独立しようという話になりました。

事務所を構える拠点の候補は、それぞれのバックグラウンドから、パリとロンドンのどちらかでした。僕は「絶対ロンドンがいい」、ほかの2人は「パリがいい」と。僕はフランスの友人がいたり、パリにも何回か行ったことがあって、絶対にパリは嫌だと思っていたんです。まず、独立するのに言葉ができないのは不利だし、ややこしそうだな、と躊躇していました。それでも「とりあえず3カ月行って、どうしても難しかったらもう一度話し合おう」という条件でパリに行ってみたら、あれ、パリいいじゃん、とコロッと変わってしまった、という感じです。

その「ややこしそう」と思っていたのは...

人ですね。パリの街は本当に美しいし、素晴らしいんですけど、人がちょっと、と。

最初はパートナーの意向でパリになって、でも田根さんは北欧でもロンドンでも建築に携わっていらしたご経験もあるのに、昨年(2017年)ご自身の事務所を構える際に、やっぱりパリを選ばれたのはどうしてですか?

そうなんですよね。最初はそんなスタートだったのに、10年住んでみるとパリの街は好きか嫌いかという、もう「好き嫌い」では判断できないところまできていて、「最高で最低な街」みたいな感覚です。 あの街にいなければできなかった、人生における素晴らしい経験もあるし、一方で、日常のいたるところで本当に最低だと感じる、たとえばストライキだったり、郵便物が届かないとか、そういうストレスも含めてパリに対する両極端な気持ちがあります。

でもなぜか、人生においてこの街にたどり着き、自分自身で仕事をはじめていくにおいて、この歴史と文化が本当に中心に据えられている街で拠点を構えるというのは、今後の自分にとってまた大きなチャレンジに向かえるのではないか、とパリを拠点に決めました。ずっとパリでやりたいというよりは、パリを拠点にして世界にチャレンジしたい思いが固まってパリにした、という感じですかね。

その最高というのは、街の美しさだけでなく、生活者としても感じますか?

やっぱり日々の生活や経済がある。だけどそれ以上に人類にとって文化や歴史、そして芸術というものが大事、というのが、共通概念としてフランス文化のなかにあると思うんです。経済や政治ではなく、ましてや生活でもなく、やっぱり芸術、アートがわれわれの豊かさをつくってくれている。またその美しさが心の教育になったり、知性の教育になったりすることを、まず第一義として疑わないという、あのフランス人の気質は本当に素晴らしいと思っています。

それは普段から周りにいるフランスの方がたと接していて、日々実感するものですか?

そうですね。美に対する意識というのは、もちろん個人差があって全然違いがあるものですが、誰も否定はしないですね、絶対に。大事なものだという感覚が変わらずあるな、という印象です。

tane 2

パリを拠点にされていると、やはりヨーロッパのお仕事が多いのでしょうか。

それが日本が多いんです。建築の仕事は長いので、ひとつの案件がすぐには終わらないんですね。そうすると定期的に日本に帰ってくるうちに、また別の新しい仕事の話をいただいたりしてどんどん増えていくので、いま日本の仕事が7割近くになっています。あとはフランスだったり、スイス、イタリア、とやはりヨーロッパが多く、ほかにニューヨークに1個、ブータンに1個という感じでやっています。

建築のお仕事というのは、とくに拠点の仕事が多くなる、というわけではないんですね。

建築はローカルな仕事なので、その街にいてその街の建築をつくる、というのが基本ではあります。古来から建築は土地に根ざしていて、土地の法律だったり、馴染みのかたとのつながりだったり、地元の業者さんだったり、という意味ではローカルな仕事なんですが、さいわい僕らの世代も含めて、いまはもう少し建築家がグローバルに活動してける環境が整いつつある、という状況です。

先ほどフランスのみなさんが、アートや建築の大切さを共通概念として持っていると いうお話がありましたが、日本で仕事をするときには、また違うものを感じますか?

感じます、強く感じます。

共通な認識ではないから、説明がちょっと大変になるとか?

日本では、お金と時間の制約が、なぜか「絶対」だと思い込みすぎていやしないだろうか、というのを感じますね。お金と時間というのはもちろん大事なんだけれど、でもそこに「絶対」はないはずなのに、予算や時間が、僕らの日々の作業や仕事を制約に向けてキツくする要素になりつつある、という部分に、すごく違和感があります。それがポジティブに働くといいんですが、ややネガティブな制約とか、物事を決める大事なものを奪っているんじゃないか、というのが日本の仕事の中でちょっと気になっているところですね。

田根さんからみると、いまの東京の街はどんな風に見えているんですか?

うーん、東京の街は楽しい、ですかね。生まれも育ちも東京で、18歳くらいから出てしまったけど、定期的に戻ってきても感じるのは、単純にこの街の魅力は楽しいってところじゃないかと。

ただ楽しいだけでいいのか、という疑問もあったので、東京を出ようという気持ちが生まれたのもありました。高校生くらいのときでしたが、空虚な享楽的な部分に対してもっと大切なものがあるんじゃないかということを思っていて、それで大自然に憧れて北海道に行ってしまったという感じです。

それでいまはパリにたどり着いている...

ね、なぜか。こんなはずじゃなかったんですけどね。

tane 1

では、パリの街は建築家としてみた場合、どのように見えていますか?

パリの街はですね、こう(ご自身の目線を手で隠しながら)上を見ると美しい、でも下を見ると汚いんですよね。視線の下側を隠しながら歩くと、美しいパリの街が楽しめるんじゃないかと。パリは、地下鉄に乗るより、歩いていて楽しい街ですね。パリってちっちゃいので、ずっと歩けます。歩きながらパリを体験すると、地区によって性格も違うし、住んでいる人たちも違うし、パサージュがあったり、小さな公園があったり、時代ごとにつくり続けたものがずっと集積しているけれど、新しいものも混在している。いろんな発見があるので、パリはやっぱり歩くと魅力がありますね。

建物はどうでしょう。

建物はまあまあです。僕はイタリア建築のほうが好きで、イタリアの建物はやっぱり素晴らしいですね。つくる職人の力と歴史の重なりを感じて、やっぱり本物だな、と。フランスは偽物じゃないんだけども、まやかしが多いなと思います。

最近の建築が、ですか?

いや、オスマン朝時代の建築もきらびやかには見えるんですけど、よく見ると金色のペンキだったりして、華やかさに対するプレゼンテーションは本当にフランスの芸術文化の素晴らしいところです。でも本物かといったら、それはやっぱりイタリアの職工がつくった彫刻や建築の本質と比べてしまうと、華はあるけどなぁという感じです。でもそこは芸術やアートの力によって、物質を超えた知性や美学につながっているので、それは全然悪いことではなくて、そういった違いがあるということです。

そうすると、国によって建築家としてできることも違ってくる、ということになるのでしょうか。

そうですね。建築の場合、複合的な要素が非常に大きいので、もちろんモノをつくっていく仕事でありながらも、思想をつくっていく、ということだったり、思想という意味では、国の政治状況だったり、歴史、環境、社会的な状況、もちろん予算のこともあったりとか、いろんな要素のなかで何をつくるべきかを考えていきます。

国によっても、それこそ日本だったら北海道でつくるものと沖縄でつくるものは絶対違うものでなくてはならないんじゃないか、と思います。いわゆる近代建築は、世界中どこでも変わらない材料で、空調管理をして、同じ品質管理でつくり続けるものですが、そろそろ違う時代が来たんじゃないかと。最近はもう、モダン・リビングという、どこに行っても近代的な洗練された生活ができることが、新しい未来をつくるのではないのではないか、と考えています。

tane 6

それはいろんな国や場所でお仕事をされるなかで?

どこに行っても、たとえばインドに行ったり、ブータンに行ったり、アイスランドに行ったり、ヨーロッパを離れてまったく辺境の地に行ったときに、その土地にしかないものに出会えた喜びと、かたやホテルに行って、どこでも体験できるビュッフェがあったり、コンチネンタルな、インターナショナルなものをみると、これで本当に良かったんだろうか、という疑問がわいてきます。

そういう意味で、その土地の良さが、何か近代的な力によって均質化されてしまった部分に対して、僕らの世代は違和感を抱えているんじゃないかなと思いますね。

そうやってあちこち見て感じて考えられていて、やっぱり拠点をパリにしているということには大きな意味がありますか?

うーん、わかんないですね。でも時間をかけて居続けたことによって、たぶん無意識のなかで染み付いてきているものが多分あるんだろうなというのは感じています。今回の展覧会でもそういった「記憶」ということについて、どうしても考え続けてきた結果、やっぱりパリにいたからこそ、そいういう発想にたどり着いたのかな、ということは最近思ってますかね。あんまり認めたくないんですけどね。でもそれはありますね、やっぱり毎日いる場所なので。

いまちょうどその展覧会の準備の合間にお時間をいただいていますが、どんな想いで展覧会をつくられていますか?

今回、「建築展」という意味では、自分の10年以上の仕事を見てもらう初めての機会になります。それを「回顧展」として見せるよりは、自分たちがこれから未来に向かっていこうとする意志を感じとってもらえたらと思っています。でも「建築展」の場合、建築物それ自体を体験できるわけではないので、どういった形で展覧会に置き換えるかが非常に難しいんですね。アート作品を見て感動するように、実物の建築を見て感動することはあっても、展示できる2次成果物の模型や図面を見て感動するのはなかなか難しい。

そういうなかで、今回「未来の記憶」というちょっと不思議なタイトルで、建築には未来がある、ということを伝えようとチャレンジしています。ただ未来をつくるだけではなくて、そこにはやっぱり深い記憶があって、過去の膨大な歴史やいろんな事実があってはじめて建築は成り立っていく。その建築がつくられることによって未来に起こり得ることも記憶として蓄積されていくところに建築の価値があるんじゃないか、ということを非常に考えているんです。つまり、建築というものは未来に向けていくけれど、同時にそれが記憶になっていくんじゃないか、ということを展覧会を通して伝えようとしています。

記憶というのは、なんとなく過去の出来事のように思われがちなんですが、われわれ人類が記憶を持っているということは、もしかすると記憶は未来をつくり出そうとする原動力になるんじゃないか、と。以前は記憶というものについて、場所には記憶があって、それをどう建築にできるのか、ということを考えていたんですが、最近はそうではなくて、記憶は未来をつくりはじめる僕らの原動力になる、と考え方がガラッと変わったんです。 展覧会の「記憶」というテーマを通して、この考え方をぜひ見てもらおう、と。見る前からちょっと難しいんですけど、そんなチャレンジをしています。

tane 5

今回2カ所で同時開催ということもあって、この「東京オペラシティ アートギャラリー 」では、どこかの遺跡発掘現場にたどり着いたかのような展示を準備しています。何かわからないんだけれども、そこで発掘されたものが未来につながるんじゃないか、ということを表現したい。それでサブテーマを 「Digging & Building」として、何かを「掘り下げていくこと」と、何かを「未来に立ち上げていくこと」には同じ意味があるんじゃないかということを伝えたい。

それに対して、もうひとつの建築ギャラリー「TOTOギャラリー・間」では、「Search & Research」をサブテーマに、建築を考えていくうえでの思考や考察のプロセスであったり、それを研究したり、実験したり、つまり「search」 と「research」を一緒に見てもらうようなアプローチです。そういうことを2つの会場で「未来の記憶」という展覧会をテーマにして見せようと、いま準備しています。

普段考えている、自分のなかにあるものを取り出して、形を与えて展示する、というものすごいチャレンジの最中なんですね。

すごい大変です。あんまり自分の考えていることを表に出してこなかったので、こういったタイミングで、この機会をいただいたのはすごくいいチャレンジですが、まぁ大変ですね。

でもそのチャレンジによって、建築家がそういうことを考えてお仕事されているというのを、たくさんのかたが知るチャンスになりますね。建物をつくる人、と思いがちですから。

そうですね、ちょっと考えてなかったですけど、確かに。見ていただいて、こういうことを考えているんだ、と伝わると嬉しいですね。単純にデザインして、おもしろい建物をつくっているのではなくて、本当にもっと思想的なことやいろいろな要素を考えな がらひとつの建築にしているんだというところは、一番伝えたいな、と思っています。

最後に、田根さんのフランス観について教えてください。田根さんにとってフランスとは?

フランスとは何か、と聞かれたら、「付加価値を生み出せる場所」じゃないか、と。

付加価値を生み出せる...

もうちょっと言うと、フランスのモノっていうと、何か美的な価値や知的な価値が加わって、ただのモノがもうひとつ次元を越えようとしていたりする。何かもうひとつ違うレイヤーなり考え方なりが加わることによって、フランスのモノだけちょっと値段が高いとか、どこかちょっといいモノに見えてしまう、というのが、本当にフランスらしさだなあと思います。

それってやっぱりフランスの方がたは、いつもそういうところに価値を見出しているから、モノに載ってくるんでしょうか。

だと思いますね。そこに意味だったり、喜びだったり、エスプリだったり、が付加されている。人にしても楽しい気分屋だったり、花にしても華やかだったり、その組み合わせだったりとか、料理にしてもちっちゃいんだけど見た目が華やかだったり、素材は普通なんだけどソースの力で味が美味しいとか。そこはフランス独特の感性と美意識と、かつ知的なインテレクチュアルな部分も非常に高いと思います。だからモノを超えたところに価値を創造できるところが「おフランスの力」じゃないかな、という気がしますかね。

確かに。我々が憧れたりするのも、実はそういうところなんですよね。

何に憧れているかっていうとたぶんそういう付加価値的なものが何か精神的な部分だったり、知的な部分だったり、モノではないところのエポックメイキングなことをフラ ンスはできるんじゃないかな、というイメージが、「フランスとは?」と聞かれたときにパッと浮かんできました。

Tsuyoshi Tane(建築家)
1979年、東京生まれ。幼いころからプロをめざしてサッカーに熱中した日々を一転、北海道の大学の建築学科へ進学。在学中にスウェーデンの大学に留学し、卒業後はデンマーク、ロンドンの設計事務所に勤務。2006年、26歳で国際設計コンペ「エストニア国立博物館」に勝利し、パートナーとともにパリに事務所を設立。12年、新国立競技場基本構想国際デザイン競技の「古墳スタジアム」案がファイナリストに選ばれ、国際的な注目を集める。17年、自身の事務所、Atelier Tsuyoshi Tane Architects を設立。パリを拠点に世界各国の建築にたずさわるほか、小沢征爾(指揮者)や金森穣(演出振付家)、皆川明(デザイナー)など他ジャンルとのコラボレートも幅広く活躍。フランス文化庁新進建築家賞(2008)をはじめ国内外の受賞多数。最新刊『田根 剛 アーキオロジーからアーキテクチャーへ』『TSUYOSHI TANE Archaeology of the Future 田根 剛建築作品集 未来の記憶』(ともにTOTO出版)

tane 3

展覧会
『田根剛|未来の記憶 Archaeology of the Future―Digging & Building』
東京オペラシティ アートギャラリー( -12/24)
『田根 剛|未来の記憶 Archaeology of the Future―Search & Research』
TOTOギャラリー・間(-12/23)

{vimeo}296608426{/vimeo}

この対話は Chocolat! 第562回でお届けしました。 エピソードを聴く →