フランス語の名言 · Les mots de Chinami
Juliette Grécoジュリエット・グレコ
« Je veux partir debout, avec le plus d’élégance possible. »
できるだけ優雅に立って行きたい。

Bonjour 千奈美です!
秋ですね。紅葉が美しく、そして役目を終えた葉の散りゆくさまが、はかない季節。思わず「枯葉よ〜♪」と歌ってしまいます。
今月ご紹介したのは、「枯葉」を歌ったことでも有名なフランスのシャンソン歌手、ジュリエット・グレコ。戦後から長きにわたりシャンソン界に君臨しました。
日本でもコンサートを重ね、日本にシャンソンブームをもたらしたとも言われています。2015年に自らのキャリアを終わらせるべくコンサートツアーを敢行、その時のインタビューから抜粋しました。(記事はこちら)
フランスには「かっこいい大人の女性」が多いと思うのですが、ジュリエット・グレコもその一人。そのたたずまい、肝の据わった自由な生き方に憧れを抱く人は多かったことでしょう。例えばポールマッカートニーが、ビートルズの名曲「ミシェル」という曲はグレコをイメージしたと語っていたことも、それを物語りますね。
でも彼女の人生は、順風満帆なものではなかったようです。幼い頃に両親が離婚、ナチスがパリを陥落する中、母や姉、自分もドイツ軍に連行されてしまいます。16歳のグレコは恐ろしい拷問をうけたのちに自分一人だけ釈放され、一文無しのグレコが頼ったのが学生時代の教師。そこで舞台に憧れを抱き、やっと人生に希望がみえた瞬間が生まれたようです。彼女の自由な生き方に対する信念が生まれたのはこういった経緯だったのでしょう。その後は、サルトルやボリス・ヴィアンなど、サンジェルマン・デ・プレ界隈の華やかな交流が始まり、一気に有名になっていくわけですが、その中でも自由や平和をのぞむ姿勢を崩すことなく自らを貫いたグレコ。ある国でのコンサートの際、軍事政権批判をして追い出されたというエピソードもあります。
日本では今年、大きな選挙がありましたが、政治的立場を表明できる有名人はとても少ない。有名人だけじゃなくても、私たちの考えは、表明できる世の中になっているようで、実はいつも批判の目にさらされている。自分が自分でいることを選ぶには、いつだって苦痛が伴うのかもしれない。グレコのように生きるにはどの時代だってどの国だって相当の覚悟が必要です。でも、平和や自由、愛や尊重、自己の表現といった普遍的な価値をもつことに対して、自分の立場を表明すること。
これが、グレコが残してくれた遺産のような気がしてなりません。
他のインタビューの記事も彼女のかっこよさを感じることができると思うので読んでみてくださいね。
ではまた!
Chinami