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ニースはイタリアだった!?
ニースの名前は、勝利の女神を意味するギリシャ語の Nikaïa に由来するといわれます。それがラテン語で Nicaea となり、今日イタリア語では Nizza、フランス語で Nice と呼ばれるに至ります。
紀元前5世紀にギリシャ人の植民地として建設されたニースは、その後ローマ帝国領となり、中世はプロヴァンス領、続いてサヴォワ領 (イタリア語ではサヴォイア)、そしてフランス領、というようにこれまでしばしば帰属先が変わった歴史があります。
18世紀以降のおおまかな流れを見ると、ニースはサヴォワ公国 (=サルデーニャ王国)領でしたが、フランス革命戦争の時代(1792年)フランス軍に占領され、1796年、ニース、サヴォワはフランスに割譲されます。しかしナポレオン失脚後1815年のウィーン会議で再びサルデーニャ王国領に戻ります。
この後、オーストリアの支配下にあったロンバルディア、ヴェネチアを取り戻すために、当時のサルデーニャ王国首相カヴールが、フランスの軍事援助と引き換えに、ニース、サヴォワの割譲をナポレオン3世に約束します(1858年 プロンビエールの密約)。フランスの軍事援助によってロンバルディアが回復されると、密約の通り、ニースとサヴォワは、1860年フランスに割譲されることになりました。
同年4月、ニースの選挙において、フランスへの併合賛成票は8割を超え、6月、ニースは正式にフランス領となりました。 翌1861年、両シチリア王国を滅ぼしたガリバルディ(ニース生まれ)がその占領地をサルデーニャ王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世に献上して、南北が統一されたイタリア王国 (1861-1946)が成立します。
いわゆる「イタリア」の成立はこの時です。そうすると、サヴォワ公国 (1416-1720)とその後身であるサルデーニャ王国 (1720−1861)の治世下にあったニースは「イタリア」領だったと言えるのでしょうか?
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♪ Alice
サリィ・ニョロ · Sally Nyolo
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Sally Nyolo, “ Alice ”
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