「人はどんなに偉くなっても、やがて忘れられる。そこへいくと、古代の第一級の美術品はずっと後世に残る。自分が集めたものを、未来の人々に鑑賞してもらう。これが私の夢ですよ」
清次郎は80歳を契機に「これまで自分のためだけに蒐集してきた美術品を一般公開し、広く愛好家に楽しんでいただこう」と美術館設立を決意し、昭和50年(1975)11月、東京港区新橋の自社ビル内に「松岡美術館」を創設しました。
その後もコレクションは増え続けたため、東京両国にビルを建設し、その中に規模の大きな新美術館を入れる計画を立てていましたが、志半ばにして亡くなりました。遺志を継いだ遺族が選んだ場所は、お気に入りだった港区白金台の自宅でした。平成12年(2000)4月に新美術館が完成し現在に至っています。
当館は松岡地所株式会社の美術部門として運営されています。行政主導ではない私立美術館にはフットワークが軽い、館の個性を発揮させやすい、お客様の声を館の運営に反映しやすいといったメリットがあると考えています。
当館の所蔵品は全部で1800件余りですが、そのほとんど全て、清次郎が一代で購入・蒐集したものです。90歳を過ぎても自らオークションや団体展に出かけて吟味し、一度買ったものは一点も手離したことがありません。また、生前の清次郎のポリシーを踏襲し、寄託や寄贈、他館から借りての特別展も行ないません(ただし、貸出は行ないます)。
「私は私立美術館というものは、美術品を蒐集した館の創立者或いは一括寄贈した蒐集家の美に対する審美眼なり鑑識眼を、その一つ一つの美術品を通して一般観者に訴えるべき一つの場所と考えるからです」
所蔵作品は「東洋陶磁」、「日本の近代絵画・現代絵画」、「中国の明清書画」、「フランス近代絵画」、「ヴィクトリア朝絵画」、「ガンダーラ仏像やヒンドゥー教神像などの古代東洋彫刻」、「現代彫刻」、「古代オリエント美術」など他の私立美術館と比較して多岐に亘っています。これは清次郎の"今日本にないものを日本で気軽に見られるように"というサービス精神と、"ジャンルに関わらず良いものは良い"という美へのこだわりによるところが大きく、「雑多すぎる」との批判がある一方で、「古今東西の蒐集品全てに共通点が見られる」という評価もいただいています。(美術館サイトより)